出版評論〜blog版

評論家のバーバラ・アスカが出版業界その他いろいろ語るblog
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ダメになったのは「本という課金パッケージ」だと思われ。


 そんなわけで、最近は「出版業界自体」にはあんまし興味がないのです。
 まだまだおもしろいコンテンツはいっぱいあるから、別に本でなくても「課金方法」はいっぱいあると思うし。

JUGEMテーマ:絵日記★
 
| バーバラ・アスカ | 出版評論 | 10:22 | - | trackbacks(0) | -
額田久徳氏へのお返事
(この話題に初めて触れる方は、ここ数日のエントリーと、額田久徳氏のブログhttp://homeless-editors.cocolog-nifty.com/blog/をお読みください)

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 額田さん

 エントリー、読みました。
 http://homeless-editors.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-2be4.html

 でもなんか冒頭からいきなり脱力しちゃいました……。「バーバラ明日香」って、誰ですか……(笑)。私はそのような名称を自称したことはないです〜。ネットでは勝手に書かれることありますけれど。
 私はあの文章、書いてから3時間推敲したのに、額田さんはちょちょっと書いたのかな、と思ってとっても悲しくなりました。

 さて。

 どうやら、私と額田さんの意見というか考え方はぜんぜん違うようです。でも、それはそれでいいと思います。多様性って大事なことだし、私と額田さんでは、立ち位置が違いますし、見え方だって考え方だって違うふうになるでしょう。

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 ではでは、額田さんのhttp://homeless-editors.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-2be4.htmlについて、私の意見というか感想というかそんなかんじのものを述べさせていただきます。

>>何しろ検証blog読んでいませんから
と書いていますが、なぜ読まないのでしょうか。


 読まない理由については、先日お会いしたときに説明しました(あの発言を公にするのはちょっとご勘弁ください)。読まないことについては申し訳なく思います。
 だから、発言するなら「読まずに発言」ということにならざるを得ないのですが、額田さんは「読まなくても、ガセとパクリについてのバーバラの意見を聞きたい」と言っているのだと私は理解していました。もし、その私の理解が間違いで、 「読んだ上で発言しろ」ということであれば、「できません」としかいいようがないです。すみません。

>昔の『少年マガジン』を「時代が許していたガセ」と書いていますが、同じようなウソニュースは今でもミリオン出版などの雑誌などではありますし。

 「ミリオン出版などの雑誌に載っている同じようなウソニュース」は、私は「文化(慣習)が許すガセ」と理解しております。「時代が許していたガセ」ではなく。

>でも唐沢氏の場合は「トリビアの泉スーパーバイザー」という肩書きや、雑学博士など本人も周囲もそのような人物として認識していたと思います。中岡俊哉として書いていたわけではないでしょう。「雑学」とは専門分野を定めずに雑多な学問を研究することで、そこには「研究している内容にウソがあってもいい」などということはありません。

 確かにそうです。ですから、私は「唐沢俊一」はメジャーになった時点、例えば「スーパーバイザー」の肩書きがついたあたりから、方法論をがらりと変えるべきだったと思います。「文化」が変わったのですから。それは私も書いていることです。

>それにほとんどの読者は唐沢氏の書いてきたものは本当のことだと理解して本を買っていたはずです。

 それは額田さんの想像ですよね。本当のところは、読者一人一人に聞いてみないとわかりません。メジャーになってからの読者はもちろんそうだと想像できますが、アンダーグラウンドの頃の読者はどうかなあ、というのが、私の想像です。額田さんの言葉を借りれば、そもそも「唐沢俊一」のいたところは「ミリオン出版などの雑誌など」の文化圏だったのですから。もちろん想像なので、正しいかどうかは全然わかりませんけれど。

>>「ウソかホントかわからない怪しげな情報を『本当にあったこと』として発信し、それがかもしだす怪しげな雰囲気も含めて楽しむ」ということだと思います。
これはガセを正当化するための、ただの後づけの苦しい言い訳としか思えません。


 確かに言い訳なのかもしれませんが、これを認めないと、「なぜ、雑学本がたくさんある中で、『唐沢俊一の雑学本』が人気があったのか」ということの説明がつかないような気がします。もちろん、他に「売れる理由」があったのかもしれませんので、そこは何とも言えません。
 「カラサワ本のもつ、怪しい魅力的な雰囲気」を出すノウハウが私にはわかりませんので、上記のような発言になったのですが。

>もし仮にいま現在はそういう立場で書いているとしても、そうなると、その時々の自分の状況によって態度をくるくると変える信頼出来ない人ということになってしまうのでは。

 これについては、私はそうは思いません。「自分の置かれた状況に応じてきちんと誠実に仕事内容を変える」、これは絶対必要だと思います。むしろ、唐沢さんはきちんとこれをやらなかったから良くなかったのでは、というのが私の考えです。「『ミリオン出版などの雑誌など』の読者」に対してと、「雑学の本を買い求める読者」に対して、同じ態度で執筆する、ということはそれこそ問題だと思います。

>>おそらく「怪しげな雰囲気」を出すために「ガセ」も入れる必要があったのだと思います。
これも全く意味が分かりません。もちろん見せ方として「怪しげな雰囲気」を出すことは必要な時がありますが、それだったら編集的テクニックとして「イラストや装丁を怪しくしてみる」とか他に出来ることはたくさんあるのでは。


 確かにたくさんあるでしょうね。でも、これもやっぱり想像の範囲内で、「『カラサワ本のもつ、怪しい魅力的な雰囲気』を出すノウハウがない」という点では、額田さんも私も同じです。何かはわかりませんが、「唐沢俊一」は何らかのノウハウがあったんですよ。

 これは私の考えですが、「ネットのおもしろさ」もこれに通じるところがあると思います。ネットには、ちゃんとした情報もあるし、そうでない情報もある。正しい情報と間違っている情報がごちゃまぜに入っているからこそおもしろい、という側面があります。新聞や雑誌やテレビや本などでは「正しい情報」が多すぎて(もちろん全部じゃありません)、いまいち面白味に欠ける、ということはあります。

>少なくとも雑学の本でガセを入れては絶対いけないことぐらい分かるはず。

 これについては同感です。読者は「人に話せる正しい知識」を期待して買うでしょうから。「唐沢俊一」が正式に「雑学」の先生を名乗ってからは、ガセは入れてはいけませんよね。

>パクリについても同人誌の二次創作の例を出していますが、あれはみんな自分で描いてますよ、ある意味ではオリジナル。それに元ネタだってはっきりとしている。

 え〜。「元ネタがはっきりとしていて」「自分で描いて」いれば「ある意味ではオリジナル」になるんですか〜? それってそれこそ著作権問題ではないでしょうか。マンガ家さんが聞いたら激怒すると思いますよ。
 やっぱり、同人誌の二次創作はパクリはパクリですよ。ただ、「文化が許すパクリ」だと思います。もちろん、私は「同人誌文化」を愛好する人なので、その文化は支持しますけれど。

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 唐沢「盗作」問題を語るのが難しいのは、出版業界全体として見たときに、「ガセはいけない、パクリはいけない、そんな唐沢に書かせた出版社もいけない」と単純に断定できないところにあると思います。
 
 誤解しないでいただきたいのは、個人的には私だって「ガセはいけない、パクリはいけない」と思っています。だから自分ではしません。

 だけど、出版業界全体を見ると、

 ・昔は少年マガジンなどの記事で、本当のようなウソ(=ガセ)は許されていた。

 ・今でも「ミリオン出版などの雑誌など」では「ウソニュース」(=ガセ)は許されている。

 ・同人誌の世界ではパクリは公然に行われていて、それはほぼ黙認されている。
 (同人誌の世界は出版業界ではありませんが、パクリ元は出版業界なので)


 などという例があるので、それも考え合わせると、「時代と文化によって、ガセとパクリは容認される場合がある」としか言いようがなくなってしまうんです。

 「あんな盗作屋に書かせる出版社も悪い!」というご意見もありますが、

 ・出版業界は、需要と必要があれば、大量殺人の死刑囚の本だって出す(例 永山則夫、宮崎勤等)業界

 です。
 というか、むしろ積極的に「犯罪的行為」をしている媒体なんていくらもあります。写真週刊誌なんて、やっていることは犯罪スレスレでしょう? 現にいろいろ訴えられたりしているわけだし。取材対象者への迷惑は限りない。もっと言えば、ライターに犯罪をさせて(麻薬とかね)それを掲載するとか、「犯罪そのものを取り上げる」ということだってある。

 だから、出版業界は広すぎて、いろんな文化がありすぎて、一概には言えない、と思います。 

 ああ、こういうことを言い出すから、額田さんからは「論点がずれている」とか言われちゃうんですよね。すみません。
 ただ、私は「唐沢『盗作』問題」だけでなく、「ガセとパクリの一般的な話」をしようとしているので、どーしても話が「唐沢俊一」から離れていっちゃうんです。でも、そもそも額田さんは私に「ガセとパクリの一般的な話」を要求されたのだと思っていますので、これでいいとは思っているんですが。

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 検証blogを読んでいないので(これについては申し訳なく思います)、「唐沢俊一」の「盗作」問題についてすべて(どころか、少しも)語ることはできないのですが、少なくとも発端となった『新・UFO入門』問題についてははっきりとこう言えます。

 条件等はともかく、まず、唐沢さんはすぐにきちんと謝るべきだったと思います。

 個人的な意見と経験から言いますが、アイデアが似ることはよくありますが、記述がほぼ同じ、というのは偶然ではめったに、いやほとんど起こりえません。つまり、あの件に関しては誰から見ても「唐沢俊一はクロ」としかいいようがないし、私もそう思っていますし、現にそうなのでしょう。
 唐沢さんは交通事故と同じような感覚で「先に謝ってはいけない」と思ったのかもしれませんが、和解の条件などはさておき、とにかくすぐに誠実に謝罪をすべきだった。私だったらそうしますよ。
 この場合、「誠実に謝罪する」こと以外、著者にできることはありません。
 そうしておけばこの『新・UFO入門』問題があそこまで大きくなることはなかったでしょう。

 勘違いしていただきたくないのは、私は「謝れば済む」と言っているのではありません。
 「まず、自分のしたことを謝る。話はそれから」と言っているのです。
 謝るのは「話の最初」であって、「話の最後」に謝るのではダメなんですよ。だって、悪いのは最初からわかっているんですから。

 ……なんか、「不祥事が明るみに出ちゃった政治家」「医療過誤裁判」「偽装賞味期限事件」とかみたいだなあ。
 結局のところ、唐沢さんは「それほど悪いことをしたとは思っていなかった」「なんとかなると思っていた」ということなんでしょうねえ。

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 話を額田さんのブログに戻します。
 
>でもパクリは発覚しない限りは元ネタも分からず、本人は探す以外何の努力もしていないじゃないですか。探すのだっていまは検索エンジンでカンタンだし。

 「パクリは発覚しない限りは元ネタも分からず」というのは、そのとおりだと思います。私だって「パクリはいけない」と思っています。
 ただ、「探す」ことを「カンタン」とは私は思いません。
 必要な情報を検索するのは、私は今だって大変だ、と思っています。私がパクリ、コピペをしないのは(道徳・法律上の問題を別にしても)それもあるからです。

 情報の検索と編集は大変な作業です。ネットのない時代はもっと大変だったでしょう。だから「情報の検索と編集」を得意とする「唐沢俊一」という作家にたいへんな価値があった。
 検証blogやその他の唐沢検証サイトだって、大変な労力をかけて検索・検証していると思われます。それには本当に敬意を表します。「パクリ元」が分からないぶん、検索も難易度が高いはずです。
 「探すこと」をとても「カンタン」とは、私にはとても言えません。


 額田さんのhttp://homeless-editors.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-4abe.htmlに関連して言いますと……。

 先日本を作ったとき、作家さんに「コピペはカンベンしてくださいよ! 絶対やらないでくださいね」と言ったところ、「こんなことを書いてあるサイトはありません。だから苦労しているんじゃないですか」と言われました。他の作家さんに聞いたら「探すより書いたほうが速い」とも……。
 自分できちんと把握している知識の範囲内で書く場合は、「ネットで検索&コピペ」というのは起こりにくい事態だと思います。つか、私、したことないし。書き直すくらいなら引用元をを明らかにしたほうがラクです。


 話を戻して。

>これを「時代」と「文化」のせいにしてはいけないと思います。肝心なところから微妙に目をそらせて問題をぼやかしてしまっている。

 なるほど。私の頭が悪いせいで、額田さんの考えている「肝心なところ」が私にはわからなったのですね。私は私なりに「肝心なところ」を書いたのですが。
 それでは、額田さんの考える「肝心なところ」とはどこなんですか? それについて意見を述べられるところは述べますし、述べられないところは「述べられない」とお答えします。

>「人々の権利意識の向上」とかも話が大げさ過ぎると思います。

 いやこれは重要な要素ですよ。私の考えでは。
 だって、これがなかったから「時代が許すガセ」が存在していたんだから。

>要するに編集者の怠慢、見る目がなかった、それだけのことではなかったのではないでしょうか。だからそこをきちんと認めて、謝罪するべきところはして、今後の再発防止に努める、それで終わる問題だと思います。

 「編集者の怠慢、見る目がなかった」ことにすべての原因があるかはわかりませんが、再発防止に努める、ことはもちろん同意です。しなければならないことです。
 通常の校閲、校正に加えて、「きちんとした作家」を選んだりすることも必要でしょう。

 それに加えて、「唐沢俊一」の件から私が思うことは以下のふたつです。

 ー紘は、余裕を持って、かつ計画的に行われるようにする。

 ∈邁函∧埆玄圓箸癲◆屬海譴ら書こうとする本の属する文化・慣習」を正確に把握する。


 ,砲弔い董『新・UFO入門』の「盗作」問題が起きた背景として、「あの原稿はものすごい短期間で書かれたものである」というのがあると思います。
 もちろん、編集者の方は、唐沢さんに充分な執筆期間を差し上げていたと思います。しかし、「何らかの理由で」唐沢さんはいつまでも原稿を書かず、いよいよマズい、という段階になってあわてて「パパッと書いた」(これは事実です)。その「パパッと書いた」という行為の中に、「いろいろ問題ある行為」が含まれていたんでしょうし、時間がないということでそれがますます促進されることになったのでしょう。
 「進行管理をきちんとやる」というのは、作家の仕事でもあり、編集者の仕事でもあります。作家はきちんと原稿を予定通り執筆すべきですし、編集者はそうなるようにあらゆる手だてを打つべき。もし、いつまでもちゃんと原稿を書かない作家がいたら、その作家とは仕事しない、というのも、再発防止には必要なことだと思います。

 △砲弔い董⇔磴┐弌◆崟気靴っ亮韻鯆鷆,垢襪海箸必要な本」なのか、「ウソニュースを期待された本」なのか、は今後きちんと厳密に考えなくてはいけませんよね。
 「今後、『ミリオン出版などの雑誌など』のような『ウソニュース』文化は認めない!」という考え方もあるのでしょうが、それはそれで、出版業界がものすごくつまんないところになりそうな気がします。できれば、それはそれで出版文化のひとつとして許容しましょうよ、というのが私の希望です。

>『新・UFO入門』の盗用発覚後に、唐沢氏に「雑学というスタイルの仕事はもう変えた方がいいのでは」と話した時に、唐沢氏は自分に「実は私も止めたいのだが周囲が止めさせてくれない」と語ったことがありました。これは大事なことだと思っています。つまり仕事を出す編集者がいるということです。仕事が来ればそれは書いてしまうでしょう。もちろん理想は自分の意志できっぱりとスタイルを変えることが望ましいですが、自分だって同じ立場だったら目の前の仕事を断れるかどうか自信はない。だからやっぱり編集者の責任って大きいのです。

 編集者の責任が大きい、というのは否定しません。
 でも、やっぱり、著者は、それはいいわけにはできないですよ。だって自分の名前がでかでかと出るんだもん。
 断るべきときは、きちんと断らないと。だからあんな「コピペ」みたいなルーズなことを自分に許しちゃうんですよ。

 私みたいな依頼の少ない売れない物書き・編集者だって、「それはできません」と断ることはいくらもあります。
 例えば、明らかに専門外の依頼が来たときは、「私はそれは書けませんが、書ける方をご紹介します」と言っています。それによって、私が書くよりも良い記事ができ、依頼者も喜ぶし、紹介された人も喜ぶ。
 そしてなにより、「知らないことをネットで調べて、正しいかどうかは確信が持てないけれど、とりあえずお金のために書く」という危ないことを私がせずにすむ。
 やっぱり、少なくとも名前がクレジットされるくらいの作家は、断るべき時は、ちゃんと断らないといけないと思います。自分のためにも、関係者のためにも。駆け出しのライターとは違って、断っても次の仕事が来るんだから。

>唐沢氏もこの問題をタブーとせずにむしろ自分から「どうしたらいいだろうか」と周囲の編集者に積極的に相談していけば、よかったんだと思います。「迷惑」などと言わずに。

 スタッフを辞めます、というまでは、私は「唐沢さんの側近」と言っていい立場にいたと思っています。
 私は仕事の話しかできない人なので、唐沢さんともたくさんたくさん、仕事の話をしました。いろんなことも教わりましたし、人も紹介してもらいました。すごく恩義は感じています。

 でも、私は別に「恩義があるから」といってマンセーになる人でもありません。それは唐沢さんが一番知っていることです。だから、かなりはっきり問題点は指摘したつもりですし、苦言もかなり言いました。というか、唐沢さんに苦言をいうのは私の役目だ、とまで思っていました。
 もしその苦言を彼が少しでも聞いてくれたら、状況は変わっていたのになあ……と思います。

 今からでも間に合うか、と言われたら……それは、やっぱり、本人しだいでしょうね。

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 今回も、自分の許された範囲内で、出来る限り誠実に意見を述べさせていただきました。

 だけどねえ……、額田さんもご存じの通り、唐沢俊一」、そして唐沢さんの抱える問題って、「ガセ・パクリ」だけじゃないんですよね〜。「書かない、書けない」問題もあるんですよ〜。
 「書かない」のも問題だし、「書いた内容」も問題とあれば、いかに栄耀栄華をほこった作家さんでも、ダメになっちゃいますよね。まさに「ダメダメじゃん」という感じ。


 それで、私からも額田さんにひとつ、お伺いしたいことがあるんです。この問題に関連することだと思いますので。

 「唐沢俊一の人気の秘密」って、どこにあったんでしょう?

 やっぱり、「唐沢俊一」がここまで人気作家になるには、何らかの理由があったのだと思います。
 「売れるには理由がない場合があるが、売れないには必ず理由がある」というのが私の持論ですが、売れる売れないはともかく、「人気があった」ということには必ず理由があるはず。
 それをすごく知りたいです。

 私はそもそもファンではなく、ビジネスパートナーなので、実は「人気の秘密」はよくわからない。
 通常考えると「博識」ということになってしまうのでしょうが、単に博識な人ならいっぱいいますしねえ。

 もしよろしければ、ご意見等、お聞かせくださいませ。
 それでは。


 バーバラ・アスカ

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 最後に宣伝。
 明日の文学フリマ、「出版評論社」で参加します。お越しの方はぜひお立ち寄りください。
 でも、もう新刊はムリかも〜。とほほのほ。
 このエントリー書くのに6時間かかっちゃった……。
| バーバラ・アスカ | 出版評論 | 14:58 | - | trackbacks(0) | -
「ガセ」と「パクリ」についての考察

 今日、いやもう昨日になるのか、唐沢俊一氏に電話をした。
 そして、編集者額田久徳氏(http://homeless-editors.cocolog-nifty.com/blog/)にメールを書いた。
 以下、その全文である。

 アンチ唐沢の方から見ると、「唐沢に甘すぎる!」と思われるかもしれない。でもまあ、唐沢さんに辛い考察なら、他の方がゴマンとやっているので、今さら私がする必要もないだろう(笑)。
 私はそもそも唐沢マンセーの人ではないし(それは唐沢さんが誰よりもよく知っている)、できるかぎり中立の視点で書くよう努力したつもりである。

 文末に、「全文転載OK」とあるが、これは額田氏に限らせていただき、他の方は「全文転載」はちょっとご遠慮いただきたい。申し訳ありません。

 (ついでに宣伝。今週末の文学フリマに「出版評論社」で参加します。お越しになる方はどうぞお立ち寄りください)


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 額田さん

 バーバラです。
 一日考えて、ガセ、と、パクリ、についての考えがまとまりましたので、お話ししたくメールを差し上げました。

 結論から言えば、唐沢さんは「時代」と「文化」についていけなくなった、いけなかった、ということだと思います。
 それと、B級、アンダーグラウンドの方法論のまま、メジャーになってしまった、ということでしょう。

 ………

 ガセとパクリが許されるかどうか、は「時代」と「文化」(慣習)によって決まるのだと思います。

 例えば、昔の少年マガジンは見る人が見れば噴飯ものの知識が図解入りでまことしやかに書かれていたわけですよね。でも、それでこそおもしろかったわけです。あれがもし、はじめから「これは作り話です」と言われたら、おもしろくもなんともない。あれは「奇想天外な本当の知識」として提示されるからこそおもしろい。でも、あれを今載せたとしたら、おそらく親たちからクレームが付くでしょう。「ウソを書きやがって、子どもの教育上良くない」とか。
 これは、「時代が許していたガセ」です。

 「文化(慣習)が許すガセ」というのは、たとえば、たま出版とかノストラダムス本とかのたぐいのアレで、アレは「そもそも本当だと思われていない」から許されるし、それをおもしろがる人もいるわけです。あれに真面目にツッコミを入れる人はいない。せいぜいと学会のように「笑うだけ」です。

 パクリについても同じことが言えると思います。
 例えば、同人誌の二次創作なんかは、あれを「パクリだ」「盗用だ」「著者に許可は取ったのか」と言ってしまったら身も蓋もない。まさに権利侵害そのものではあるんですが、出版者・著者側もほとんど(すべて、ではないですが)結果としては黙認して、買い手も「パクリだ」とは言わない。権利侵害の上に同人誌文化は成り立っている。これは、「文化が許すパクリ」ですよね。
 アニメとか音楽とかも、パクりパクられ、ということがたびたび行われている。もちろん、裁判にまで発展する場合もありますが、許容される場合も多い。あれも「文化が許すパクリ」ですよね。
 
 「時代が許していたパクリ」というのは、ちょっと今良い例が見つかりませんが、探せばきっとあるでしょう。

 で。
 唐沢さんがやってきたこと、やりたかったこと、というのは、「ウソかホントかわからない怪しげな情報を『本当にあったこと』として発信し、それがかもしだす怪しげな雰囲気も含めて楽しむ」ということだと思います。
 つまり、「昔の少年マガジンみたいな、怪しげな本みたいな、ちょっとヤバい雰囲気の内容」というのを狙ってきたし、事実それがこれまで人気があった(ここは非常に重要です。「唐沢俊一」は、絶大なる人気があったのです)。そういう本を作るノウハウというのが私にはないのでわかりませんが、おそらく「怪しげな雰囲気」を出すために「ガセ」も入れる必要があったのだと思います。

 でも、「時代」は変わります。
 そして、「唐沢俊一」は人気が出た結果、アンダーグラウンドからメジャーに上がってきたわけです。つまり、彼を取り巻く「文化」(環境と言ってもいいかもしれません)は一変した。
 「時代」と「文化」が変わったわけです。

 「時代」と「文化」の二つが変わった、ということは、唐沢さんはこれまでの方法論を全く変える必要があったわけです。
 例えば、ワイドショーに出て、「教頭が女子高生に次々とわいせつ行為」などどいうニュースが流れたときに、「ゲラゲラ笑う」ことは許されない。「なんて悪いやつだ」と正義の味方にならなければいけないわけです。
 ちょっと正確には記憶していませんが、文筆業サバイバル塾でもこれに近いことは言っていたような記憶があります。『オタク論2!』でも。

 しかし、唐沢さんはアプローチの方法を変えなかった。少なくとも原稿上は。
 「変えなかった」のか、「変えられなかった」のかは私にはわかりません。
 「変えなくてはいけない」のに、「変わらなかった」。

 ……結果として、現在の状況があるわけです。
 「時代」も、「文化」も、「唐沢俊一」を認めるわけにはいかず、排除する方向に向いている。

 
 そしてもうふたつ、特筆しなければならない要素があります。
  嵳用者がメディアを監視し、情報を取捨選択する能力が向上してきた」ということ(「メディア・リテラシーの向上」って言うんですかね?)、それと、◆嵜諭垢慮⇒意識の向上」です。

 ,砲弔い董以前は、出版業界を含むメディア全般、結構エエかげんなことをしてきたわけです。
 例としては、「テレビのやらせ」がありますよね。私はテレビ業界にはいたことがないのですが、おそらく、テレビのやらせは昔から行われてきて、私たちはそれを昔は疑いもなく観ていた。だけど、,慮上によって、それはバレるようになり、「いけないこと」になり、できないようになった。

 △砲弔い討眛瑛佑如以前は、出版業界を含むメディア全般、結構エエかげんなことをしてきたわけです。
 特に、著作権、肖像権などは、昨今めきめきと権利意識が高まってきたのではないでしょうか。
 それにより、権利は守られるようになりましたが、反面、消えたもの、消えるものもあります。
 例えば、「消えたもの」には、「街頭スナップ」という写真のジャンルが挙げられます。
 昔はカメラマンがパチパチ街頭を撮影して、それを新聞に載せるとか作品として発表することは普通にありました。その分野を得意としていた有名カメラマンも多くいます。
 けれど、肖像権の権利意識の高まりによって、今では許可がおりていない人の顔はボカすようになりました。これでは「写真作品」としてはちょっと発表しにくい。少なくともメジャーな場所では、「街頭スナップ」というジャンルは消えたし、消えるでしょう。

 この,鉢△癲△おまかには上で説明したところの「時代」と「文化」に含まれるでしょう。


 話を戻します。
 「時代」と「文化」は変わったのです。
 でも、「唐沢俊一」は変わらなかった。

 これが、「唐沢さんのやってきた、ガセとパクリの原因」なのではないでしょうか。

 ガセが多いのは、「怪しげな雰囲気を出すため」で、パクリが多いのは「許されると思っていた」から。
 すべてがそれでは片づけられないと思いますが、少なくともその傾向はかなり強い、と見ていいでしょう。
 (ガセが無知から来ているかどうかは、「外見上同じ」なため、私には検証のしようがありません。ただ、「意図的に入れたガセ」と「無知からくるガセ」もあるとしたら、当然、普通の作家さんより「ガセ」の数は増えますよね。そして、パクリをそれほど悪いとは思っていないので、謝らないわけです)


 しかし、もう、「時代」も「文化」も、そんな「唐沢俊一」の存在を認めることはできない。
 「唐沢俊一」は、三葉虫であり、恐竜だったんです。

 もし、唐沢さんが作家として生き残りをはかるなら、「唐沢俊一でない作家」、つまり、シーラカンスとかゴキブリとか、例は何でもいいけれど、別の作家に生まれ変わる必要があると思います。なぜなら、おそらく、「ガセとパクリ」というのは、「唐沢俊一に必須の要素」だからです。


 ここからは全くの想像になります。
 ここ数年、唐沢さんの原稿執筆量はめっきり落ちていました。
 額田さんにもお話ししたとおり、私はそれでものすごい迷惑をこうむりましたし、今もこうむっています。
 私以外にも迷惑をこうむった人はいっぱいいるでしょう。

 「書かない」のではなく、「書けなくなった」んだろう、というのは、周囲の一致した意見ですが、その原因はいろいろあると想像されます。
 その原因のひとつに、「唐沢さんは、『唐沢俊一以外の作家』になろうとしたが、なれなかった」というのもあるのではないでしょうか。
 人間、なかなか、「自分以外の人間」にはなれないものです。

 今後、唐沢さんが作家として生き残っていけるかは、「書けるかどうか」、しかも「『唐沢俊一の原稿』以外の原稿を書けるかどうか」にかかっていると思います。
 書けるかどうかは……本人のがんばり次第でしょうね。
 原稿そのものだけでなく、発表場所の確保も含めて。


 ………

 
 以上、私なりの「ガセとパクリ」についての考えを述べさせていただきました。
 もしかして的はずれかもしれませんし(何しろ検証blog読んでいませんから)、間違っているかもしれません。すみません。
 でも、これが今の私のいっぱいいっぱいの考察です。

 私がここで考えたのは、「唐沢俊一のガセとパクリ」についてですが、これが他の方にもあてはまるかはわかりません。

 それと、ここでは編集者の存在について言及しませんでしたが、すみません、そこまで考えが至りませんでした(笑)。
 ただ、これは想像、まったくの想像ですが、「唐沢俊一の形成」に、編集者が関与しているのは、まあ間違いないと思われます。
 私はものすごく原稿に関与する編集者なので、仮に、他の編集者も「私のような編集者」だとしたら、間違いなく編集者は「唐沢俊一の一部」です。また、逆に、一切原稿に関与しない、つまり作家の原稿をそのまま掲載する編集者も、「唐沢俊一の一部」と言えるでしょう。100%容認しているわけですから。
 ただ、編集者は人ごと、出版社ごとによって個性が非常にあるんで、本当のところはわかりませんけれどね。


 このメールは全文転載OKです。
 私のブログにも掲載しておきます。
 ではでは。
 
--
バーバラ・アスカ 

| バーバラ・アスカ | 出版評論 | 02:02 | - | trackbacks(0) | -
出版業界は、怖いところです。

  編集者額田久徳氏のブログ「ホームレス編集長日記」http://homeless-editors.cocolog-nifty.com/blog/ を読みました。

 あそこに書かれていた「唐沢氏の担当編集者の一人」というのは、たぶん私のことです。そして、氏のTwitterに書かれていた「昨日会った唐沢氏の担当編集者」というのも、私です。

 それで、今日一日かかって超長文のエントリーを用意したのですが、改めて見直すと、「やっぱりこれを公開するのはマズいよな」と思えてきたので、それはお蔵入りにしました。
 やっぱり、仕事上、いろいろなところに迷惑がかかったり、かけられたりしても困りますので。すみません。
 時期が来たら、言えることもあるかと思います。

 ただ、ひとつ、言いたいこと、言えることはあります。

 額田さんは、http://homeless-editors.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-f6e0.html のエントリーの中で、

>ところで、残念なのは唐沢氏の編集担当者からのアクションが何もないことだが、でもこれは理由が二つ考えられる。主な理由と思われるのは自分のこの発言をみんな読んでいないということ、つまり「そんなブログなんて知らねえよ」と。もう一つはサラリーマンなので、発言が制限されている、ということ。いま「仕事の内容に関して無断で外部に発信するな」ってうるさいから。

 とおっしゃっています。そうかもしれません。

 でも、それは、違うかもしれない、とも思います。

 もしかして、「編集者は、もう唐沢さんに興味がない」のではないでしょうか。

 正直言って、わたし的には、こちらのほうがよっぽど恐ろしい。
 
 出版業界は恐ろしいところです。
 売れればチヤホヤされますが、売れなくなると全く見向きもされません。
 
 唐沢さんの原稿執筆量はここ数年、めっきり落ちています。
 どんな売れっ子だって、書かなければだんだん人気は落ちるのです。

 編集者だってビジネスマンです。書かない作家なんて、もはや「作家」と呼べるか怪しいわけで、そんな人のことでいちいちかまっていられないでしょう。特に昨今の出版不況で出版社の社員は減らされ、仕事量は激増しています。ドル箱作家なら社を挙げてかばうでしょうけれど、残念ながら今の唐沢さんはそうではない。そもそも原稿を書かないんだから。

 唐沢さん、あなたはもっと原稿を書くべきです。
 作家なんですから、原稿を書くのは日々のあたりまえの仕事であるはずです。
 今のあなたは原稿を書かなさすぎる。
 いったいどうやって暮らしているのか不思議なくらいです。


 「裏モノ日記」を読むと、いかにも仕事をいっぱいしてそうに見えるけれど、見る人が見ればわかります。というか、記述をタイムテーブルに直してみれば、執筆時間がどのくらいかはすぐにわかりますよ。出版業界は、ちょちょっと原稿を書いてそれで大金が入るような業界ではありません。そういう意味では、作家だって、普通のサラリーマン並には働かなくては生活できないのです。よほど地味に生活している人なら別ですが、日記を見る限り、唐沢氏はそうではない。
 演劇関係の作業はお金にならないはずだし……お金はいったいどうしているんだろ。

 
【追伸】
ちなみに、私は「唐沢さんの担当編集者」ではありません。「唐沢さんの元スタッフ」です。東文研から給料こそもらっていませんが、唐沢さんの側で「仕事」をしていたので、職業倫理上言えないことは、出版社編集者より多いです。契約書などは交わしていませんが、私はそう考えます。

しっかし、今回の一件でますます強く感じたのは、「唐沢さんって、スターなんだなあ」ということ。唐沢さんは今全然原稿を書かなくなっちゃったんで、私としてはほとんど興味がなくなったけれど、皆さんはまだまだ唐沢さんに興味がおありなんですね。まさに唐沢さんは「キャンプファイヤー」。アンチもシンパも野次馬もそのまわりで踊っている。影響力がものすごい人なんだな、としみじみ思います。

| バーバラ・アスカ | 出版評論 | 19:32 | - | trackbacks(0) | -
「小学校五年生」「小学校六年生」休刊
 本日TBSラジオのニュースで知りました。

 娘にはずっと小学館の学年雑誌を買い与えていたのですが、その娘の一言。

 「だって、つまんないし魅力ないもん。『ちゃお』のほうがずっとおもしろい」

 うわー。冷酷かつわかりやすー。
 (ところで娘は「ちゃお」も小学館の発行だって知ってて言ったのかな? いや偶然だと思いますが)

 学年誌の休刊についてはいろんな人がいろんなことを言っていましたが、私はこの娘の一言が一番当を得ていると思いました。
 そうだよなあ、おもしろくないから、売れなくなったんだよなあ。
 売れてる子ども雑誌だって、いっぱいあるんだから。

 赤字でも小学館が死守してきた学年誌もついに落城ですか……。
 個人的には残念ではあります。

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| バーバラ・アスカ | 出版評論 | 10:29 | - | trackbacks(0) | -
顧客は矛盾していてわがままなことを言う
 今朝、若桜木さんに教えてもらった記事。↓

 【ドラマ・企業攻防】ブックオフ“改善計画” 黒子の大日本印刷が表舞台へ
 http://sankei.jp.msn.com/economy/business/090606/biz0906062000008-n1.htm

 そんでもって、6月3日の朝日新聞朝刊の記事。↓

 

 
 この2つの記事の共通点は、「お客さんの視点は入っていないところ」です。

 タイトルのセリフを言ったのは、セブンアンドワイグループの総帥、鈴木敏文氏ですが。
 結局、ブックオフでもセブン-イレブンでも、お客さんの要求にどんどん応えていったり、売上を増やそうとすると、運営する側や業界全体にムリがでてくるんでしょうね。

 ブックオフは、安く本を提供して、お客さんに喜ばれているけれど、出版業界にとっては大損害だし、印刷業界にとっても大いに迷惑。

 セブン-イレブンは、ブランドイメージも高いし、鈴木氏の言動をみる限りでは顧客満足度を何よりも大事にする。だから業界トップの座を維持できているのだろうし、私の見る限り、コンビニではセブン-イレブンが一番平均点の高いお店です。
 でも、それは運営する側にとって、お金もかかるし手間もかかることなのでしょう(フランチャイズ料金とかは知りませんが)。

 けれど、忘れてはいけないのは、お客さんは、運営側の都合なんて考えていない、ということです。考える必要もないし。
 お客さんは「自分にとって都合のよいお店」に行くんです。
 それ自体は全然悪いことじゃない。当然のことです。

 私個人としては、ブックオフがどうなろうが、セブン-イレブンがどうなろうが、かまいません。
 関心はありますが、私が希望を述べたところでどうなるもんでもないし。

 私は、ブックオフがダメになったら別の書店や新古書店に行くし、セブン-イレブンが深夜営業をやめたら、別のコンビニに行きます。そんだけです。

 顧客とは、それだけわがままで、恐ろしい存在なのです。


 追伸 でも、「トップダウンでなければ改革はできない」と言う鈴木氏にとって、労組というのはどういう存在で、どうやって対処していくんだろう。今後の進展が楽しみです。


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勝見 明
日本経済新聞社
¥ 700
コメント:鈴木氏の考えを知ることのできる、一番手軽で安い本です。買って損なし! オススメです。

| バーバラ・アスカ | 出版評論 | 21:53 | - | trackbacks(0) | -
女性誌のふろく競争のオハナシ
 昨日だったか、雑誌のふろく競争の話を書きましたが、こんな記事を見つけたので、メモ。

 特に、昨日の記事「『CanCam』『JJ』が凋落 女性誌売れなくなった理由」は面白いです。
 前年度比24.25%減って……をい。

 http://www.j-cast.com/2009/05/30042033.html
 http://www.j-cast.com/tv/2008/07/09023191.html
 http://www.j-cast.com/2008/03/24018178.html

 すべて、J-CASTニュースからです。
 J-CASTニュースはこちら→ http://www.j-cast.com/
 

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| バーバラ・アスカ | 出版評論 | 11:00 | - | trackbacks(0) | -
今月号のsmartのふろくがすごくイイ
 今月号の雑誌「smart」のふろくのバックがすごくイイのですよ。
 コンビニですぐ買っちゃいました。
 使ってみてもすごくいい。

 最近は、邪道と言われようと何と言われようと、ファッション誌はふろくで選んで本誌は読まずに捨ててます。

 もうほとんど、「プロ野球チップス」「ビックリマンチョコ」状態(笑)。
 いや、編集者さんには悪いとは思うんだけれど、だってしょうがないじゃん。本誌目当てに買っている訳じゃないんだから。

 実際、いいふろくのついた号は売れているというし、ふろくつき雑誌の売上はめちゃくちゃ好調だそうだから、私のような人はいっぱいいるはず。
 そもそも、この雑誌、男性誌だし(笑)。

 新文化のインタビューで、主婦の友社の新社長が「ふろくもコンテンツとして考えるくらいの柔軟な考えが必要だった」みたいなことを言っていたけれど、まったくそのとおりで、その点、「売れたが勝ち」とばかりにふろくつき雑誌をバカスカ出している宝島社は全くスゲエ会社です。

 あと、この状況をはるか前に予測して、食玩のブックレットを「本誌」と呼んだ岡田斗司夫さんはやっぱりすごいなあ。

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宝島社
¥ 590
コメント:このふろくのバック、すごくいいです! 値段のモトは絶対とれます。

| バーバラ・アスカ | 出版評論 | 14:29 | - | trackbacks(0) | -
今日の朝日新聞朝刊1面


 今日の朝日新聞朝刊1面です。

 なんか、「これによって、ブックオフの利用者にとって便利な状況になるのかどうなのか」という視点が、ぜーんぜんないのが、大朝日様の大朝日たるゆえんですかね。

 でもむしろ、そういう「利用者の視点」がメジャーじゃないからこそ、私なんかの出版評論が玄人さんから注目されちゃうんだろうなあ。
 
 朝日新聞HPはこちらです →http://www.asahi.com/

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| バーバラ・アスカ | 出版評論 | 14:13 | - | trackbacks(0) | -
もはや、出版業界についていろいろ語ること自体古くさいのではないかと
 思わざるを得ないのですよ。
 その理由は後日書きたいと思いますが。

 「SFの浸透と拡散」、その次は「オタクの浸透と拡散」、そして今は「出版業界の浸透と拡散」なのかも。

 出版業界について語りたいテーマもあったんですけれど、どうもそれがみんな「過去のこと」のような気がしてきたんですよね。
 出版業界自体が「トレンド」とは縁遠いところに来てしまったというか。

 あと、出版業界の変革と崩壊のスピードが速くなってきて、今日話しておかないと、明日には過去のことになってしまう、という感じ。

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| バーバラ・アスカ | 出版評論 | 20:46 | - | trackbacks(0) | -

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